新しいブログ開設。
ようやく、開設の運びとなりました。

よろしかったら、覗いてください。

http://nijitomame.jugem.jp/?PHPSESSID=d4a7a936b6962c8a92fed23056634771


- 15:57 comments(6)
「ゴーシェ。とまなと。」の今後について。

四十九日も無事に終わり、気持ちの中でも、まなとが見守ってくれている気持ちに変わりはありませんが、なんとなく一区切りだな、と感じております。

最近、こちらの「ゴーシェ。とまなと。」をどうしようか、と考えていました。

思い返してみると、、、
私自身が、まなとがゴーシェ病だとわかったとき、ネットで検索しまくったことを今でも覚えています。

何か、何でもいい、情報がほしかった。

同じように、ゴーシェ病と告知された子どもがどんな暮らしを送っているのか、今後どうなっていくのか、知りたかった。

そう思うのは、私だけではないはず。

そんな思いが通じ、素敵なお母さんたちと出会うことができました。

情報を共有したり、励ましてもらったり、今を大事に生きることを教えていただきました。

そして、まなとのことを知ってほしい、ゴーシェ病と共に生きる姿を伝えたいという気持ちから、私自身もブログを書き綴りました。

時間の経過とともに、「ゴーシェ。とまなと。」のブログがゴーシェ病検索でヒットして、コメント欄から連絡をくださった方たちがいらっしゃいました。


これから先、あの時の、私が感じた気持ちを、
まさに感じているご家族のなんらかの一助になれれば幸いという気持ちと、

まなとが確かに生きた証として、まなとの軌跡として、ブログをこのまま残しておきたいという気持ちがあります。

だけど、このタイトルのまま、ブログを続けることに、どことなく違和感を感じ始めました。


まなとが生まれてから書き続けたブログを通して、私自身、文章を書くことで気持ちを整理することを自己覚知致しました。

それだけではない、このブログが嬉しいことや楽しいこと、辛かったことなどを聞いてもらっている、励ましてもらっている場所でもありました。

今後、リョースケのこと、我が家のこと、きっとまたまなとのストーリー、など、書きたくなることがあると思います。その時には、別ブログを開設しようと思っております。

また、その時にはこちらのブログにてお知らせ致します。

なんだか、さみしい気持ちではありますが、「ゴーシェ。とまなと。」というタイトルのブログは、ひとまず更新を終了しようと思います。(ブログ自体はこのまま置いておきます。)


みなさま、読んでいただきまして、心より感謝、深謝です。

長い間、温かく見守っていただきまして、本当にありがとうございました。

- 23:06 comments(2)
四十九日と水疱瘡。

無事に、本日、四十九日を迎えることができました。

そして、日曜日には四十九日法要を行うことができました。

このあたりの慣習で、四十九日には同じものを49個お供えします。

不思議な習わしに添って、あんぱんを49個、母と作りました。

作りながら、どんどん成形されていくパンを見て、母と笑えてきました。

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じゃんじゃん焼いて、ラッピングも。

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あんの包み方がいまひとつ不慣れで、焼くと、パンクしてしまい、まだまだ修行の途中です。


今日は、お寺さんに来ていただき、(お仏壇にまなとが入る!?)入仏式を行いました。

リョースケは、なんと日曜日の法要が終わってから、水疱瘡を発症。

しかし、元気なリョースケ。
外に行きたくて仕方なさそうで、畑で我慢。

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託児所には、仲のいいお友達もいるんだとか。
何をもって意気投合していくのか、見てみたいわ〜。

また、元気になって行こうね〜。

私も、少しずつ仕事復帰していけたらと思ってます。

- 22:23 comments(2)
生誕記念日。

1月17日は、まなとのお誕生日でした。

まなとが生まれてきてくれたこの日を、まなとが旅立ってもなお、覚えてくれている人がいること、そして、おめでとうと言ってくれる方たちがいること。

とても嬉しくて、感謝の気持ちでいっぱいになります。
ありがとうございます。


実は、まなとが生まれてきてくれたこの日を、
これからどう受け止めていけばいいのか、迷っていました。

旅立っても、歳は重ねていくのかな?
5歳、6歳、7歳??ではない気がするし、、、
毎年この日をお祝いするっていうのも、いいんかな・・・?

でも、まなとが生まれてきてくれた大切な日であることに、この先何年も変わりはないし。

と思って、お誕生日だね、おめでとう、どまりでした。

そこに、taeさんのコメント。

生誕5年目って、いいや〜ん。
それなら、6年目、7年目でも、おかしくないし〜。

そう受け止めていくことにします。
taeさんありがとう。

しっかり、夫がケーキを買ってきてくれて食べましたし。


まなとが生まれたあの日のこと、

全てはあの日から始まったんだよね。

まなと、私たちのことを選んで、生まれてきてくれてありがとうね。

幸せな人生をありがとう。

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遺影に選んだ写真。

笑顔のまなとが見守ってくれているように思います。
訪れてくれる人たちが、いい写真だね〜と言ってくれます。

2歳になる前の写真で、病衣を着ているところが、また、まなとらしい。



この笑顔に、見守られてリョースケも日々、成長中。
最近は、実にいろんなことをしてくれて、驚かせてくれます。

今日は、自分で食卓テーブルにのせてあった焼のりを取り、私のところに開けてーと持ってきました。

そして、一枚渡すと、まなとの祭壇の前に行って、鐘をチ―ンと鳴らし、まなとの写真に向かってのりを差し出してお辞儀をしてました。
まるで、あげる〜といってお供えしているかのようでした。

また、いちごを渡すと、同じようにしてました。
リョースケ、優しいやんっ(ウルウル)。

さらには、アルバムを毎日引っ張り出して見るのが日課となっていて、自分で次々とページをめくるのですが、リョースケは大のお祭り好きなようで、お祭りのときの写真が出てくると、座っていても必ず立ち上がって、膝を曲げてリズムをとるのです。

ヨイトサーという掛け声をお祭りのときにするのですが、リョースケなりにヨイトサーをしているようです。
いつもは、アルバムを見ながらしていたのですが、今日はまなとの祭壇前まで行き、まなとにぃに、ヨイトサーだよ、と言わんばかりに披露していました。

もう、おかしいやら、かわいいやらで、成長を感じます。

にぃにに見守られて、大きくなっていこうね〜。

- 23:18 comments(5)
再会の日々。

ありがたいことに、年末より次々と、
大学時代の先輩、後輩、同級生、ママ友が、県内外各地より、まなとや私たち家族に会いに来て下さいました。

何年ぶりかの再会の方々もいらっしゃってで、また、パートナーも同伴してくださったり、子連れ、赤ちゃん連れだったりで、貴重な時間を過ごすことができました。

ありがとうございました。


そして、私たち家族も、年明けに夫の実家である九州に帰省しました。

夫は、何度か帰省していたものの、私は約5年ぶりに、リョースケとそしてお骨となったまなとも一緒に初めての帰省となりました。

まなとを一度は帰らせてあげたかったという気持ちもありながら、今回の帰省。

きっと、今回が初めての帰省になったことにも意味があったのでしょう・・・。

なんと、お家の電気容量が、60歳を超えての夫婦生活でほとんど電気を使わない生活をされているため、ホットカーペット(私たち用に気遣ってくれていたのですが)のスイッチを入れると、ブレーカーが落ちるという(苦笑)、何度も停電状態でした。

その様子に、夫がズバリと一言。

これは、まなとは連れて帰れなかったわ、、、と。

確かに、まなとの電力需要たるや、相当なものでしたから、、、ね。


そんなこんなで、今回になったのでしょうね〜。


まなとのミラクル続きはまだ続いておりまして、、、

まなとの命日である、12月7日という日。

実は、まなとの誕生、とその後危機的状況にあったまなとの命をつなげてくださった方のお誕生日でした。
そして、さらには、今後、まなとのまた新しい扉が開くときに、お世話になる方のお誕生日でもありました。

なんと、節目節目で、まさかそのお二方のお誕生日だっただなんて、、、。
聞いた瞬間、ぞぞぞ〜〜っと、鳥肌が立ちました・・・。

生命のつながりに驚きと感謝です!!


今後ともよろしくお願いいたします。


そして、もうひとつ。
初めてのご先祖様となったまなとに、仏壇を購入しました。

その仏壇、49日を迎える前に納品をしていただくことになり、その日程合わせをしていたときのこと。

17日ではいかがでしょうか?と店主のお言葉に・・・

17日???・・・!!!
1月17日?!

なんと、まなとの誕生日でした。。。

迷わず、そしたら、17日でお願いしますと、伝えたのです〜〜〜。

もう、なんだ、あなた、そんなことまで決めて逝ったのですか?と、言いたくなりました。

偶然はない、全ては必然。

すごすぎる、、、まなと。


そんなこんなで、まなとの仕業か?と思うこと多々ありながら、日々を過ごしておりますよ。

リョースケも託児所に行かない日が多く、熱発したり、ご飯も食べてくれなかったり、おっぱいばっかりだったり、以前感じていたふつうの子育てがしたかったなどという、贅沢な悩みも忘れるくらい、子育ての大変さを痛感しています。

悩ましすぎて、お母さんたちの偉大さに、また気づかされる日々です。

どうも、毎日をありがとうございます。

- 09:33 comments(7)
まんまえさん、あん。

まんまえさん、あん。
とは、小さな子どもに仏さんの前で手を合わせる時に言う言葉なんだそうです。

リョースケは、以前から私の実家のひいじいちゃんの仏壇の前で、鐘を鳴らしては、手を合わせてあん、をしていたのですが、
まなとの祭壇の前でも、同様にしてくれます。

鐘は鳴らし放題鳴らし、何度も何度も、あん、と手を合わせてお辞儀をしてくれるのですが、日に日にふかぶかと、お辞儀をしています。

リョースケの通う託児所のモットーが、にほんの古式ゆかしき伝統を継承できる子どもに、とのことで、神棚や床の間がある民家を改装したところで過ごしています。

おそらく、そこで、挨拶をきちんとすることや、礼儀正しい振る舞いなどを教わっているのだと思いますが、おかしくて、かわいらしくて、、、見ていて和むような光景なのです。

だいぶ元気になったリョースケ。
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そして、まなとの旅立ちから、早2週間が過ぎました。

あっという間に時間が経ち、毎日、相変わらず忙しくしています。

喪中はがきなどで、まなとの旅立ちを知った方から、お悔やみのお言葉をいただくのですが、
なんと声をかけたらよいのかわからないという声が圧倒的多数を頂戴いたしています。

やはり、子どもの旅立ちというのは、ふつうのことではないので、それをどう受け容れて声をかけたらよいのかわからない、という思いなのだと思います。私が逆の立場でもそう言うかと思います。

まなとの母として、4年10ヶ月を共に過ごしたわけですが、
まなとの生き様は、実に私は母親のひいき目であったとしても、本当に立派だったと思います。

会話はできなかったけれど、自分の気持ちを表現してくれていましたし、たくさん愛を伝えてくれました。
まなとには、ありがとうという感謝の気持ちでいっぱいです。

まなとが精いっぱい命を全うしたように、私自身もこれから自分の人生を全うしていきたいと思います。

まなとの生き様に恥じないよう、精いっぱい毎日を前向きに生きることだけです。

そしたら、また世界は開けていくと思っています。

前を向いて、今、自分にできることをするだけ。

シンプルな生き方を私に叩き込んでくれたまなとに、あらためて感謝。


そんなまなとの生き方を、小学校の先生をしている友達が、授業の中で話してくれたそうです。
メールをくれました。

「当たり前に10歳になったと思うけど、実はキセキなんだよ。

まなとは、病児の平均寿命よりも、何年も長生きしたんだよ。
いろんな人に愛されて。
初めて自分より長く生きられないと知らされたお母さんはどんな気持ちだっただろうか。

それでも、共に生きた喜びがあったんだよ。

命はどれだけ長いか短いかではなく、
どう生きられたかです。

きっと、まなとも、まなとのお母さんも、あなたたちに
今を大切に生きてほしいと願っています。

生きていることは当たり前ではありません。
しかも、今の状態で。

だからこそ、
毎日、楽しく全力で生きるのです。

そして、明日死ぬかもしれないけれど、生きているかもしれない。

生きて大人になって、なりたい夢や仕事につけているように、
日々、コツコツと努力をしましょう。

あなたたちの将来を応援しています。」

と、話してくれたんだそうです。

生きる大切さをありがとう、と結ばれた友人からのメールに、
私の気持ちを代弁してくれたような内容に、心底感動しました。

こちらこそ、ありがとう。

まなとも、私も幸せ者です。

- 14:03 comments(6)
続。虹の話。

夫が忌引き休みの間に、まなとがお世話になった関係機関に御挨拶に行って参りました。

全部で7ヶ所に行って参りました。

たくさんの人たちに支えられて、まなとの在宅生活があったことに感謝の気持ちでいっぱいでした。

まなとくんも頑張ったけど、ご家族みんな頑張ったね、と今日はたくさんの方とお会いして、そう声をかけてくださる方が多かったです。

会えないかもしれないと思っていた方にも偶然会えたりして、まなとが会わせてくれたみたいでした。

みなさま、ありがとうございました。


虹のことをブログに書いたら、どうやら愛媛のこの地域だけではなかったようで、
徳島からも葬儀が終わった時間帯に見えたそうです。

金曜日が葬儀でしたが、土曜日や日曜日にも各地で見えたんだそうです。
いろいろとメールをいただきました。

こじつけるといくらでもこじつけられますが、、、
虹を見て、まなとのことを思ってくれた方がいらっしゃって、びっくりでした。

まなとを思ってくださる気持ちに触れる度、涙が出ます。

まなとがいなくなって、さみしい、悲しいという気持ちよりも、まなとを思ってくれている気持ちに接する度に、涙する私です。

出棺の時、まなとに、先に行って待っててねと声をかけました。

いつか、必ずみんな旅立ちます。

その日まで、待っていてね、また会おうね、と。


日曜日に、先に旅立ったお友達のお母さんがお家に来てくれました。
来る前に、そのお子さんに話しかけてきたそうで、

あなたが先に行っててくれてよかったわ。まなちゃんともう会ってるだろうけど、いっぱい遊んでね。
そいで、まなちゃんはそっちの世界のこと知らないだろうから、ちゃんと教えてあげてね、と。

どこまでもまなとを思って声をかけてくれたお母さんの気持ちが嬉しかったです。

そのお友達も下の子がいるんですが、下の子が1歳3ヶ月のときに旅立ったそうで、リョースケも1歳3ヶ月ちょうどくらいでした。

まるで申し合わせたみたいだねー、なんて言いながら、いろいろとお話できました。
来てくれてありがとうございます。


またいつか、必ず巡り会える。


魂の世界のことは詳しくはわかりませんが、私はまなとが居ないことが辛いとい気持ちに支配されることなく、まなとは私の心にいてくれて心の中で生き続けると思っています。

存在としては大きく変わらないというか、肉体から魂になっただけのような、なんかうまく言えませんが、今はそれでいいんです。

私が泣き崩れたり、何も食べれない状態とか、家事もできてないんじゃないかとか、きっとご心配くださっているとおもいますが、モリモリ食べて、家事も相変わらず夫と分担しながらしています。

また、会いにいらしてくださいね。
いつでも、お待ちしております。

- 01:00 comments(7)
天使になったまなと。

無事に、葬儀も終わりました。

ご参列くださいましたみなさま、まなとを見送ってくださったみなさま、ありがとうございました。

葬儀の日は、朝から悪天候で、雨やみぞれが降るほどでした。
高知の友達が、こっちも朝早くは降っていたけれど、今は虹がかかっているとAちゃんに連絡がきていたそうで、きっと、こっちもそうなるで〜なんて言いながら、準備は滞りなく進んで行きました。


納棺が終わり、葬儀場へ出かける時間になると、自然と小雨になりました。

葬儀場に着く頃には、重々しかった空が晴れてきました。

お葬式も、あまり言っていいのかどうかわかりませんが、ほんとうにいい式になりました。

多くの方のお見送りの中、まなとは旅立つことができました。
その旅立ちを見届けることができてほんとうに幸せでした。

そして、斎場からの帰り道、目の前に大きな虹がかかり、
そのあとすぐ、雲間からおひさまがキラキラと輝きました。

その写真を撮れなかったのですが、別の場所にいた方からの写メをアップさせていただきます。
送ってくださってありがとうございます。
111209_1604~02.JPG


それはまるで、まなとがお空へと旅立ったよ〜と言っているかのごとく、
まさに天に召されたのだと実感した瞬間でした。

自然さえも、まなとの旅立ちのお手伝いをしてくれているような、
キラキラが舞い降りてきているような、
そんな不思議な光景でした。

まなと、すごいね〜。

もう、ほんとに、それはそれはミラクルな出来事に、悲しみよりも、興奮しました。

私自身や家族の心配をしてくださっている方も、たくさんいらっしゃってくださって、ありがたい限りです。

どちらかというと、私自身はすっきりしているというか、悔いがないというか、、、
あまりに私がいつもと変わらない普通なので、逆に大丈夫か?とか、いろいろなご心配をいただいております。

ものすごく冷静に旅立ちを見送ることができたこと、みなさまへの感謝を伝えることができたこと、きっとまなとは私にそう居てほしいから、私はそう居られるんではないかと思って感じています。

また、徐々に居なくなったさみしさを感じる日が来るのだとは思いますが、それはそれで、また感じていけばいいかと思っています。
今の、この気持ちを大切にしたくて、書きとめておきます。

そう、こうやってこのブログを活用してきました。

読み手のみなさんに聞いてもらっているかのごとく、気持ちを整理するための場所として、正直な感情と向き合えて来たのだと思います。
誹謗や中傷をされるともなく、温かくこのブログを読んでくださったみなさまのおかげです。

感謝。

ではまた。

- 23:14 comments(7)
みなさまありがとうございました。

まなとが旅立ちました。7日、22時前の出来事でした。

突然のことすぎて、書いている私もびっくりしています。

あまりにも突然、旅立ちはやってくるのだと、実感させられました。


昨日の記事で、調子も良さそうと書きました。
事実、わたしたちにはそう見えました。

しかも、今朝、久しぶりに笑顔でニコニコしていたんです。
昨日退院して、今日は朝からお風呂に入って、そして、お風呂上がりにソリタを入れようと思ったら、、、ものすごい恐ろしい色の液体が戻ってきました。
こげ茶のような、今まで見たことのない色と量。

引くだけ引いて、病院に連絡を入れ、リョースケも熱が下がらないから、一緒に入院させてほしいと、連絡を入れました。

夕方、病院に到着し、だんだんと緊張が強くなり、発作も頻発し、熱が緊張によりだと思うのですが、40度を超えていました。

血液検査の結果、炎症反応もないし、レントゲンも撮ってもらったけれど、特に前回と変わりなく、肺炎にもなっていない、けれど、胃腸が弱っていて、肝臓系の数値がやや高めだったのと、電解質のバランスが崩れているということでした。

胃への栄養を中断し、点滴でしばらく様子を見ましょうとのことで、やはり、病院に来てよかったねー何ていいながらご飯を食べていたら、サチュレーションが少しだけ下がってきたのです。

90台前半で下がっては上がってを繰り返していましたが、脈が170〜180を行き来し、酸素量も一時的に増やして様子を見ていました。


私がお風呂に入って、戻ってくる間に、何かおかしなことになっていたようで、夫が、ちょっとおかしいんよといい、看護師さんも、まなちゃん、徐脈になりよる?と部屋に来てくれたりして、、、

もう、そこから、早かったんです。

私が心音聞いて、モニターに表示されるよりもものすごくゆっくりな音が、おかしいと夫に聞かせたあたりで、夫もおかしい、といった後くらいに、唇の色が青紫で顔は真っ白。

そこから、心臓マッサージをしたり、蘇生をしてくれましたが、一度止まった心臓はもう動いてくれませんでした。


まなと、実に潔かった。
本当に、今という瞬間を生きることに精いっぱい、命がすりきれるくらいにして、生き切ってくれたと思います。

本当に、ありがとう。

たくさんの素敵な人たちと出会わせてくれて、つながらせてくれて、ありがとう。


まなとはきっと、今日という日で、まなとの人生に自分でピリオドを打ったんだと思います。

いや〜、絶対決めていたよ。と、みんなで話したんです。

お風呂に入りたくて、一度退院したんでしょうね。
だって、昨日の血液検査では、特にきになるところもなかったし、、、消化もそれなりにできていたので。。。

そして、家族4人が居る空間で、逝ったんです。

リョースケまで連れて一緒に入院するなんて、、、


なんとも、最期まで素晴らしかったよ。

まなと、本当に、ありがとう。
そして、まなとの生き様を応援してくれたみなさま、ありがとうございました。

また、落ち着いたら、更新します。
では。

勢いに任せて書いたので、まとまりないかもしれませんがお許しくださいませ。

- 03:03 comments(10)
導尿。

導尿のその後です。

抜去した翌日、なんと、全く導尿できなくなってしまいました***

もう、これは病院にいくしかありませんでした。

そして、入院の準備をして、病院へ。

泌尿器の先生が、導尿してくれましたが、どうやら、あっちこっちに道がついてしまっていて、どっちの方向に入れてあげればいいいのか、という状態。

しっかりと入れてあげたいので、ということで透視室で入れることになりました。

造影剤を入れて、透視しながらだと、すんなりと入ったそうです。

尿道は一本の道だと思っていたのですが、導尿をし続けることにより、いろいろと道がついてしまうんだそうです。
バッグを入れ続けることにより、その道も閉じていくとも伺いました。
どちらにしても、メリット、デメリットはあるんだそうで、、、
感染の症状がなければ、このまま入れ続けることになりそうです。

これから抜くときは病院でね!!と何度も念を押され、、、はぃ、、、もう二度とお家では抜きません・・・。

そして、二泊三日ほどそのまま入院しました。

母がまなとの付添いをしてくれ、私は調子がイマイチなリョースケとお留守番でした。

入院して、胃腸状態も特に何かしたわけではないけれど、自然と快復したようです。良かった〜。

体調が不調な時は、緊張も強くなり、発作も多くなる傾向がありますが、入院前から吸引回数は多かったものの、入院中は特にほんと、ひどかった〜と母。
寝れないほどにアラームが鳴っていたし、夜中の巡回の看護師さんが離れられないくらい、痰も鼻水も引いてくれていたそうです。。。
眠れない夜を二晩もまなとに付き合ってくれてありがとう、母。

そして、今日、セレザイム投与後、退院したのですが、しんどいかな〜と思っていたらば、なんと顔つきがとっても楽そう。
いい顔してるね〜と言いながら、穏やかな時間が過ぎていきました。

やっぱ、お家LOVEだよね。


そんなまなととは対照的にリョースケはとうとう熱発。
ずっと体調不良が続いていただけに、、、扁桃腺にきてしまったようです。

ゆっくりと治るのを待とうね〜。

- 22:59 comments(1)
1/36 >>
赤ちゃんが欲しいと思い立ってすぐに妊娠
発覚。

在胎数40週と0日。
予定日ぴったりに、元気な産声と共に
生まれてきてくれました。

生後1ヶ月健診では体重増加がわずか300g。
体重増加は一時はよくなるもののあまり
増えず。

2ヶ月を過ぎたくらいより、目の焦点が
合わず、上ばかりを見ていました。
どんどん弓なりに反ることがくせのようになり
反っていきました。

生後5ヶ月頃、ミルクや母乳が口から全く
飲めなくなり哺乳力不足のため入院。
その後、呼吸困難に陥りチアノーゼを
頻発。
気管内挿管処置にて転院。

転院先で精密検査が続き、生後6ヶ月の時に、
生まれつきの遺伝子の異常によって体内で
糖脂質(グルコセレブロシド)を分解する酵素
(グルコセレブロシダ−ゼ)が不足しているために、糖脂質を分解(代謝)することができない
ゴーシェ病況燭反巴如

7ヶ月目には、喉頭気管分離手術。
そして、入院生活4ヶ月半。
9ヶ月目にして、念願の在宅生活。


生後11ヶ月のとき、常時酸素と、
夜のみ人工呼吸器を装着。

1歳のとき、常時人工呼吸器も装着することに。
2歳10ヶ月のとき、導尿を開始。

3歳8ヶ月のとき、弟が誕生し、お兄ちゃんになりました。

4歳10ヶ月のとき、お空に旅立ちました。

たくさんのつながりと、思い出をありがとう。
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